我が家のニッチな「公立小選別」、受験の予定はナシですが
お久しぶりの「地域格差」記事の続きです。
※前回記事です。
先日の東洋経済に、こちらの記事が掲載されました。
東京の「公立小選別」が映す格差拡大のリアル(東洋経済オンライン)
記事内容は、支援教育ではなく富裕層の受験対策って話なのでもう全然別の世界なんですけどね。
けれど、「より理解のある場を求めて」というのは根本的なところで一緒だと思ってます。
どちらにしても、利用者側が無理矢理移動しないと望む品質のサービスが受けられず、お金がなくてそれができなきゃ質の悪いもの使ってろみたいな状態なら、本当にあり方自体を考え直す時なのではないのかな?
知識の取得についてはICTによって全国同質のものが配信できて、人と人が顔を合わせる理由がコミュニティラーニングだというのなら、別に無理矢理年齢で区切ってあの人数をひとまとめにして同じものを一斉に学ばせる必要はない時代になってきたのは確実です。
実技科目も含めて人が集まることが必要な授業は、もう少し少人数でワークショップのような形態を取ればよさそう。予約システムが既存するのだから、自分の時間の使い方ややりたいことに合わせて自分で選べるわけですし。
場合によってはZoomなどを使ったオンライン会議でグループワークをすればいいんだし。
うちの長男などはどっぷりYouTube漬けになっていて、コメント機能だとかライブ配信という存在も知っています。
だから現在の学校のシステムについて「なんでその必要あんの?」っていうことが早めに感覚の中でわかっちゃって、言語化できるわけではないけれど頭の中でもやもやしちゃってるのだと思われます。
それを目指せば実現しそうな予算があるかどうかとか、同じようなことを敏感に捉えている人が地域にどれだけ存在するかとか、そういう部分でも地域の格差は大きな影響を受けそうな気がしてます。
これ、気にはなっていたのでこれから読んでみます。
マンションは学区で選びなさい (小学館新書) (小学館新書 お 18-1)